「かぐや姫の里を考える会」ホームページ 開始:平成15年7月開設
『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺 (京田辺市郷土史会)
全日開館として全て予約制(電話)により開館へ (2014年10月24日〜)
当博物館は、2013年2月1日に開館して2年半となり当初目的を達成しました。
今後は開館日を全日として全て予約制(電話)にします。但し、本館入口左にあるインターホン両方を押して頂き館長が館内にいる時は、見学可能です。なお、お盆と年末年始は休館させて頂きます。
他に、訪問される小学生迄の方はご両親または先生と一緒にお越し下さい。出来ない時は両親か親権者等の「承認書」を持って来て下さい。また、博物館の記録用として写真を撮らせて戴きますのでご協力お願いいたします。
『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺”
“かぐや姫の里”は、京田辺
かぐや姫コンテストとサミットの開催を
日本人に広く親しまれ、世界に誇れる日本最古の物語である『竹取物語』は、ロマンと夢あふれるかぐや姫が主人公の物語です。
このかぐや姫については、奈良県広陵町長の呼びかけで平成七年十月に「第一回かぐや姫サミット」が広陵町で開催された。七市町村はサミットを開いてかぐや姫の情報交換や、街づくりについてもお互いに知恵を出し合って交流されています。
京田辺市においては、平成十三年九月に国文学者らのパネリストを迎えた『竹取物語』かぐや姫のシンポシウムが市民約二百五十人の参加のもとに開催され、また、十三年十一月の市民文化祭では、『竹取物語』絵巻物や竹製品の展示、ペープサートでの上演、更には子供達による『竹取物語』ミュージカルまで上演され大きな盛り上がった。
この大きな市民のうねりを更なる京田辺市の歴史的意味、つまりは『竹取物語』の発祥地というロマンあふれる歴史の町としての京田辺市となり「かぐや姫コンテスト」と「かぐや姫サミット」などが開催された。
この提案が京田辺市の更なる発展につながり市民の共感を得られ、かぐや姫の里として日本を始め世界から大変注目され私設の「竹取翁博物館」が出来た。
『竹取物語』かぐや姫 ゆかりの里“京田辺”
『竹取物語』の最初は、
いまはむかし、たけとりのおきなというものありけり。野山にまじりて、たけをとりつつ、よろづのことにつかひけり。
名をば、さかきのみやつことなむいひける。そのたけのなかに、もとひかるたけなむ一すぢありける。
あやしがりて、よりてみるに、 とあり、現代語に訳すと。今は昔のことになるが、竹取の翁というものがいたものだ。野や山に分け入って、竹を取っては、色々な事に使ったものだ。名前をば、さかきの造となむいったものだ。その竹の中に根元の光る竹が、一本あったものだ。
不思議に思って、近寄ってみると、 となる。
■地名起源説・・・『竹取物語』の舞台は“京田辺”
1.本文「・・竹取の翁の家は、山もと近なり・・・」
京田辺市三山木の山本村(古代駅制の山本駅)。
2.かぐや姫は、実在の人物「迦具夜比売命」。
父親の大筒木垂根王は、大筒木の長で「竹取の翁」のモデルだった。
3.古図に大筒木垂根王の居館と思われる「大筒城佐賀冠者旧館地」あり。
4.「筒木」は、「筒城」・「綴喜」。 「筒木」は、「筒の木」で「竹」である。
■求婚難題説・・・求婚する五人の貴公子は「壬申の乱」の功労者。乱で敗者の大友皇子自害地は「山崎」、三山木の山崎神社。
■天女伝説・・・壽宝寺の「鶴沢の池」 (万葉集三大池の名所)
■天孫降臨説・・・月読神社 (大住隼人は、竹文化・月信仰・隼人舞)甘南備山は、「不死の山」 (平安京造営の起点にした)
◎同大名誉教授(考古学者)森浩一さん「竹取物語は、山本の地を中心に熟成した・・・。
京田辺市は、自信を持って『かぐや姫の里』と言っても学問的に不思議はない。」
『京都新聞』記事から
◎NHKテレビ「かぐや姫の里”京田辺」を放映!平成13年3月13日(水)「ニュースパーク関西」。
内容:『古事記』開化天皇の孫「大筒木垂根王」とその娘「迦具夜比売命」。「翁の家は山本の近く」紹介。
◎『竹取物語』ゆかりの里“京田辺”ホームページ http://take-tanabe.hp.infoseek.co.jp/index.html
「竹取物語研究所」作成 (イラスト画は、芳泉作)
隼人サミット「古代隼人文化を語る」
鹿児島県隼人町
目 的
隼人町一帯は古代日向国の大隅、阿多の中央に位置し、曽の国と呼ばれていました。
この地域は一宮正八幡宮である鹿児島神宮を持ち、海幸・山幸伝説など神武東征に係る伝説が数多く存在します。鹿児島神宮には、山幸が龍宮から持ち帰ったとされる、潮満玉と潮引き玉が保管されていると言われています。また、天皇の即位の礼に舞われるとされる隼人舞も千年もの時代を経た現在でも受け継がれていると言われます。
この隼人舞が庶民化し、祭事などで舞われ、せばる隼人舞・京田辺市の隼人舞、さらに猿楽・能楽へと進化したものと言われています。これらの事が物語る古代隼人の文化とは、古代日本の形成に大きく影響した事が伺えます。
今回の隼人サミットでは、隼人に関する講演やシンポジウムのほか京田辺市の隼人舞や鹿児島神宮の隼人舞の競演を予定しています。シンポジウムでは、考古学者や隼人研究者それに民俗学者らとともに、隼人の竹と文化、機内隼人の歴史、海幸・山幸の神話それに隼人と竹取物語との関係などの隼人の文化を
掘り起こすことになっています。
開
催 日 : 平成16年8月1日(日)
開催時間 : 午前10時〜午後4時15分
開催場所
: 隼人町農村環境改善センター
鹿児島県姶良郡隼人町内山田1丁目14番10号
電話0995−42−1911(隼人町役場近く)
サミット出演者
特別講演 10時15分〜
森 浩一 考古学者・同志社大学名誉教授
シンポジウム13時30分〜
進
行 役
原田 泉 鹿児島大学法学部教授
指導助言 井上満郎 京都産業大学教授
パネラー 下野敏見 民俗学者 元鹿児島大学教授
小泉芳孝 京田辺市郷土史会理事
角田博文 奈良県五條市阿田郷土史探求会幹事長
藤浪三千尋 隼人町教育委員会
《開催スケジュール》
ビデオ観賞「南の疾風・隼人」ダイジェスト
特別講演 森 浩一「隼人と日本文化」
隼人舞T 鹿児島せばる 休息 隼人舞U京田辺市
シンポジウム 13時30分〜15時50分
テーマT「日本神話の中の隼人」海幸・山幸などの神話、隼人と竹
テーマU「機内に移住した隼人」京田辺・阿田への移住、竹取物語
隼人舞V 鹿児島神宮 15時50分〜
《参加者略歴》
☆ 森 浩一 同志社大学名誉教授
1928年大阪市生れ 同志社大学文学部卒業。
専攻:日本考古学 日本文化史学
著書:『交錯の日本史』(朝日新聞)『日本神話の考古学』他多数
☆ 原口 泉 鹿児島大学法学部教授
著書:『鹿児島歴史散歩』他
☆ 井上 満郎 京都産業大学教授
京都大学卒業 大隅隼人の移住先に在住
専攻:日本史 考古学(日本古代史研究)
著書:『古代・中世の政治文化』『平安京』他多数
☆ 下野 敏見 元鹿児島大学教授
鹿児島県知覧町出身 鹿児島大学文理学部卒
62年、第一回柳田国男賞。90年「東シナ海文化圏の民族」で南日本出版文化賞。
著書:『隼人の国の民族史T・U』『南九州の伝統文化T・U』他多数
☆ 小泉 芳孝 京田辺市郷土史会理事
1947年京都府生れ 近畿大学法学部卒業・佛教大学文学部卒業
職歴:京都放送勤務
専攻:日本民俗学・郷土史・京都民俗学談話会会員 京都地名研究会常任理事
著書:『稲作民族の源流 日本・インドネシア』
投稿:『竹取物語』かぐや姫の里京田辺市
☆ 角田 博文 奈良県五條市阿田郷土史探求会幹事長
☆ 藤浪 三千尋 鹿児島県隼人町教育委員会
発行者:「竹取物語研究」竹取の翁・かぐや姫
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