邪馬台国論争に終止符!?
   卑弥呼の邪馬台国
  小泉芳孝 (竹取翁博物館 館長)
                                                           「国際かぐや姫学会
     邪馬台国論争に終止符!!
全日開館として全て予約制(電話)により開館へ (2014年10月24日〜)
当博物館は、2013年2月1日に開館して2年半となり当初目的を達成しました。
今後は開館日を全日として全て予約制(電話)にします。但し、本館入口左にあるインターホン両方を押して頂き館長が館内にいる時は、見学可能です。なお、お盆と年末年始は休館させて頂きます。

 他に、訪問される小学生迄の方はご両親または先生と一緒にお越し下さい。出来ない時は両親か親権者等の「承認書」を持って来て下さい。また、博物館の記録用として写真を撮らせて戴きますのでご協力お願いいたします。
   
   
2.徐福の蓬莱山「徳之島」は、
     400
年後「邪馬台国」となった!!
  
「邪馬台国」徳之島の航空写
 
徐福は、中国の秦の時代(紀元前3世紀頃)の方士(学者)であった。

 司馬遷の『史記』によると、徐福は秦の始皇帝に「東方の三神山に長生不老(不老不死)の霊薬がある…」と具申し、3,000人の童男童女と百工(百人の技術者)を従え、五穀の種を持って、東方の蓬莱山を目指してに船出した。そして平原広沢(広い平野と湿地)を得て王となり戻らなかったと記述されている。この最初にたどり着いた場所が「徳之島」であり不老長寿の大海の島だったのである。そして、そのおよそ400年後に『魏志倭人伝』に記されている「大海の中の島」卑弥呼の邪馬台国が「徳之島」に誕生したのである。

 

「邪馬台国」徳之島の航空写真
邪馬台国論争に終止符!!
   ー邪馬台国は徳之島だったー

関連リンク集
卑弥呼の邪馬台国
 1.徳之島説の根拠
 2.徐福の蓬莱山は徳之島
 3.徳之島は有力説に
 4.邪馬台国「徳之島説」展


YouTube「邪馬台国論争に終止符!!

  除福・邪馬台国談義
 
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 ■2012年7月1日から「竹取翁博物館」で「邪馬台国論争に終止符!?」展を開催しています。
全日開館として全て予約制(電話)により開館へ (2014年10月24日〜)
竹取翁博物館は、2013年2月1日に開館して2年半となり当初目的を達成しました。
今後は開館日を全日として全て予約制(電話)にします。但し、本館入口左にあるインターホン両方を押して頂き館長が館内にいる時は、見学可能です。なお、お盆と年末年始は休館させて頂きます。

 他に、訪問される小学生迄の方はご両親または先生と一緒にお越し下さい。出来ない時は両親か親権者等の「承認書」を持って来て下さい。また、博物館の記録用として写真を撮らせて戴きますのでご協力お願いいたします。
 
  
竹取翁博物館大筒木出版 「国際かぐや姫学会」
  場所:〒610-0313京都府京田辺市三山木直田10 代表者小泉芳孝
  JR片町線「JR三山木駅」東へ徒歩3分  近鉄京都線「三山木駅」東へ徒歩2分  

  TEL・FAX 0774-62-2522   携帯 090−6961−9391
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 Mail koiy@leto.eonet.ne.jp
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